
はじめに
「太陽のエネルギーを地上に」——核融合発電は、壮大な夢を掲げて半世紀以上にわたり研究が続けられてきた。しかしここ数年、状況が大きく変わりつつある。2022年12月、米国の国立点火施設(NIF)が核融合反応によるエネルギー増倍に史上初めて成功。2023年12月には日本のJT-60SAが運転を開始した。そして2025年、フランスで建設が進む国際熱核融合実験炉(ITER)はトカマク棟の建設が完了し、2026年現在、機器の統合組み立てが本格化している。
かつて「30年先の技術」と揶揄された核融合が、現実味を帯びてきた。本記事では、2026年時点での核融合発電の最新状況を、主要プロジェクトごとに整理する。
核融合の基本原理
核融合は、軽い原子核同士を融合させてより重い原子核に変える反応で、その際に膨大なエネルギーが放出される。実用上最も注目されているのは、重水素(デューテリウム)と三重水素(トリチウム)の融合反応だ。
この反応を持続させるには、1億度以上の超高温でプラズマ状態にした燃料を、強力な磁場で閉じ込める「磁場閉じ込め方式」か、レーザーを用いて瞬間的に高温高圧を生み出す「慣性閉じ込め方式」が用いられる。ITERやJT-60SAは前者、NIFは後者の方式を採用している。
ITER計画の最新状況
ITERは、35カ国が参加する世界最大の核融合実験プロジェクトで、フランス南部のカダラッシュに建設されている。トカマク型と呼ばれるドーナツ状の磁場閉じ込め装置を用い、500メガワット(MW)の核融合出力を50MWの投入熱で達成する「Q=10」を目標とする。
2025年にはトカマク基礎工事と建屋構造が完了し、2026年現在はプラズマを閉じ込める超伝導コイルやブランケットモジュールの据え付けが進んでいる。欧州が製造する中心ソレノイドコイルは2025年に最終モジュールがカダラッシュに到着。日本が担当したトロイダル磁場コイルも順次搬入され、組み立てが加速している。
ファーストプラズマ(初めてのプラズマ生成)の目標は、現時点で2033〜2034年に設定されている。これは従来の2025年目標から大幅に遅れているが、複雑な国際協力プロジェクトであることを考慮すれば、一定の進捗と評価できる。
JT-60SAの成果
日本と欧州連合が共同で運営するJT-60SAは、茨城県那珂市に設置された超伝導トカマク装置だ。ITERに先立って「実験炉の前段階」として、プラズマの長時間維持や高ベータ運転(効率的なプラズマ閉じ込め)の実証を目的としている。
2023年12月に初プラズマを達成した後、2024〜2025年にかけて段階的に加熱出力を向上。2026年現在、プラズマ電流1メガアンペア級の運転に成功し、100秒以上のプラズマ維持を達成している。JT-60SAの最大の強みは、プラズマの形状を自在に制御できる点にあり、ITERや将来の実用炉で必要な運転シナリオの確立に貢献している。
また、核融合炉内のプラズマ不安定性を抑制する「能動的制御技術」の実証でも成果を上げており、日本のプラズマ物理研究の国際的な優位性を改めて示している。
民間スタートアップの動き
近年の核融合業界で最もホットな話題の一つが、民間企業の台頭だ。以下、主要なスタートアップの状況を概観する。
Helion Energy(米国) 独自の磁場反転配位(FRC)方式を採用。2024年に世界初の核融合発電所の建設地(ワシントン州)を発表。2026年現在、実証機「Polaris」の建設を進めており、2028年までの発電開始を目指している。特筆すべきは、熱ではなく直接電力を取り出す方式を採用している点で、効率面での優位性が期待される。
Commonwealth Fusion Systems(CFS、米国) MITからスピンオフした企業で、高温超伝導体を使った小型トカマク「SPARC」を開発中。2025年にマサチューセッツ州で試験施設を完成させ、2026年にはSPARCの建設を正式開始する見通し。SPARCはITERよりもはるかに小型でありながら、Q=2以上の実証を目標としている。
TAE Technologies(米国) 先進的なビーム駆動方式を用いる。2024年には新型実験機「Norman」が目標性能を達成し、低温プラズマでのデータ収集を完了。2026年現在、原型炉に向けた次世代機の設計を進めている。
日本発のスタートアップとしては、京都大学発の「京都フュージョニアリング」がトリチウムハンドリング技術や炉設計で存在感を示しており、2025年には欧州の核融合企業と協業を発表している。
レーザー核融合の進展
磁場方式とは別のアプローチとして、レーザー核融合(慣性閉じ込め方式)の進展も見逃せない。
2022年12月、米国カリフォルニアの国立点火施設(NIF)は、2.05メガジュールのレーザー入射に対し3.15メガジュールの核融合エネルギーを生み出す「科学ブレイクイーブン」(エネルギー収支の黒字化)を達成。人類史上初めて、核融合反応で投入エネルギーを上回るエネルギーを取り出した瞬間だった。
2023年、2024年にも同様の実験を繰り返し、再現性を確認。2025年には最大で4メガジュール超の出力を記録した。ただし、NIFの装置は軍事研究(核兵器の維持管理)を主目的としており、発電への応用にはレーザーの繰り返し効率やコストの壁が存在する。
この課題に挑戦するのが、フランスの「Laser Mégajoule(LMJ)」や欧州の「HiPERプロジェクト」、そして日本では大阪大学の「LFEX」や浜松ホトニクスなどが進める高繰り返しレーザー技術だ。2030年代には、レーザー核融合発電の原理実証が行われる可能性がある。
実用化への課題
複数の分野で前進が見られるものの、商用核融合発電への道のりには依然として大きなハードルが存在する。
プラズマの長時間維持 商用炉には連続運転が求められるが、現在の実験装置では数十秒から数分レベルのプラズマ維持が限界だ。ITERでは300〜500秒の燃焼維持を目標とするが、それを超える定常運転には新たな制御技術が必要となる。
材料と炉工学 核融合反応で発生する高エネルギー中性子は炉壁材料を劣化させる。低放射化フェライト鋼やタングステン被覆などの研究が進んでいるが、長期の実証データはまだない。トリチウムの自給自足(炉内で生成)も解決すべき課題だ。
コスト ITERの建設費は当初の50億ユーロから220億ユーロ超に膨らんだ。商用炉の建設費をいかに低減するかが、実用化の最大の鍵となる。CFSのような高温超伝導技術による小型化は、このコスト問題への有力な解答の一つだ。
規制と社会受容性 核融合炉は核分裂炉と異なり暴走の危険がなく、高レベル放射性廃棄物も少量だが、トリチウムの取り扱いや法的枠組みの整備が必要である。日本では原子力規制委員会が2025年、核融合炉の規制基準案を公表。各国で規制整備が進みつつある。
よくある質問(FAQ)
Q1: 核融合発電はいつ実用化されるのか? 最も楽観的な予測では、2030年代前半に一部のスタートアップが実証炉で発電を開始。大規模な商用化は2040〜2050年代になると見られる。国際プロジェクトであるDEMO(実証炉)の運転開始は2040年代後半の見通しだ。
Q2: 核融合炉は安全なのか? 核融合は原理的に暴走反応が起こらず、炉心溶融も発生しない。燃料が異常になれば反応は即座に停止するため、核分裂炉のような重大事故リスクは極めて低い。また、核兵器への転用も事実上不可能とされる。
Q3: 放射性廃棄物はどうなるのか? 核融合炉では、炉壁が中性子の照射を受けて放射性化するが、その半減期は核分裂炉の使用済み燃料(数万年〜数十万年)と比較して格段に短い。適切な材料選定により、数十年〜百年程度で安全なレベルまで減衰する。
Q4: 核融合の燃料は無尽蔵なのか? 重水素は海水中に豊富に存在し、事実上無尽蔵と言える。三重水素は天然にはほとんど存在しないが、炉内でリチウムから生成することが可能で、リチウムの埋蔵量も十分に存在する。
Q5: 現在の核融合研究における最大のブレークスルーは何か? 2022年のNIFによる科学ブレイクイーブン達成と、高温超伝導技術の進歩による装置の小型化が、この10年の最大のブレークスルーである。これらが相まって、民間資金が核融合分野に本格的に流入し始めた。
まとめ
2026年現在、核融合発電は「基礎研究の時代」から「工学実証の時代」への過渡期にある。ITERは2030年代のファーストプラズマへ向けて着実に建設が進み、JT-60SAは運転データを積み重ねている。民間スタートアップは従来の常識を覆すペースで開発を進め、レーザー核融合も再現性の確認という重要なステップを踏んだ。
残された技術的課題は多いが、研究の加速と資金の流入はかつてない規模だ。「夢のエネルギー」が現実になる日は、確実に近づいている。今後の10年が、核融合の歴史における最も重要な10年になるだろう。